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ラピスラズリブルー

福田定一から司馬遼太郎へ

昭和30年11月 初めての小説「ペルシャの幻術師」を司馬遼太郎というペンネームで講談社倶楽部賞に応募した産経新聞文化部記者 福田定一 この年から作家としての人生を歩みだし 暫くは新聞記者との二足の草鞋をを履き 昭和35年に「梟の城」で直木賞を受賞したときに作家に専念します

今回紹介するこの本は 新聞記者時代の昭和30年9月 設立間もない大阪の出版社「六月社」から「名言随筆サラリーマン」との題名で発刊されています 彼が32歳の時です

東大阪の自宅に建てられた司馬遼太郎記念館の一番目の棚に飾られています

長くこの本は 図書館でも閲覧禁止となっていて 読むことが出来ませんでした NETでは 司馬遼太郎の最初の結婚で出来た息子のことが書かれていて 後妻である福田みどり氏が閲覧を禁じたと書かれたものを読んだことがあります

今回 題名を変えて文春新書から発売となりました

福田定一から司馬遼太郎へ_d0338347_16020896.jpg
司馬遼太郎の作品とは思えぬ不思議な文体です カタカナ言葉をふんだんに使用しポピュリズムを意識した とても後の司馬さんと同じ人が書いたとは思えません 

福田みどりさんの実弟 上村洋行(司馬遼太郎記念館館長)氏が 後書きの形で福田定一から司馬遼太郎に代わる時期のエピソードを巻末に書かれています

それによると 福田定一として書かれた記者時代の文章は 司馬遼太郎作品として改めて発刊すべきではないとの考え方で 今日まで司馬遼太郎の作品としては発表されずに置かれたそうです 昭和47年に新装版で発刊された時も「福田定一」名が使われていたとのこと

内容的には 今も真髄をついた作品として新鮮な気持ちで読了出来ました
世の中の賢人たちの言葉を 縦横無尽に引用しまくっています 司馬さんは途轍もない速読家で且つ一度読んだ内容は 全て頭の中に整理されていたとのエピソードを持ちますが その博覧強記ぶりに圧倒されます

下世話な話ですが 彼の家庭環境の話は全く出てきません 福田定一の書いた原作を「原本」としていると書かれていますが 昭和30年発刊の一部を修正しているようではあります



by toshi-ohyama | 2016-12-18 17:02 | 幕張図書館 | Comments(0)
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