ラピスラズリブルー

2017年 11月 29日 ( 1 )

一死、大罪を謝す

沖縄戦の敗北を受けて 昭和20年4月5日小磯内閣が倒れ 後継首相を鈴木貫太郎が拝命します 鈴木貫太郎の固辞を昭和天皇は「もう他にひとは居ない どうか気持ちをまげて承知して貰いたい」と懇請 鈴木首相は受諾し 米内海相を留任させ 陸軍大臣に阿南惟幾(あなみこれちか)を指名します
阿南陸相の就任の条件のひとつに「戦争の完遂」が挙げられていましたが 阿南は就任当初から鈴木内閣で戦争を集結させることを胸に秘めていたようです
阿南は総理秘書官松谷誠大佐が「国体護持以外は無条件で終戦に向けて陸軍が決意を固めるべきである」と進言したとき 阿南は「君の意見の通りだが 自分がそれを口にすると影響が大きいので 外部や部下に対して云わないだけだ」と答えます しかしながら 無条件降伏を決めた御前会議まで阿南は一人で「徹底抗戦」を主張し続けます 阿南陸相は 胸の内は一切語らず切腹をして果てます 58歳の生涯でした 阿南の遺体は 市ヶ谷陸軍士官学校に移され 荼毘に付されました この時 8月15日のクーデターを企て失敗し宮城で自決した 椎崎二郎中佐 竹中健二少佐も一緒に焼かれたそうです
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陸軍大臣就任まで 阿南は余り目立つ存在ではありませんでした 果たして阿南の腹の中は一体何だったのか 既に敗戦降伏を覚悟していたのか 其れとも最後まで主張した徹底抗戦だったのか 阿南自身は何も書き残していません 題名となった「一死大罪を謝す」は阿南の遺書の言葉
遺書には、「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル 昭和二十年八月十四日夜 陸軍大臣 阿南惟幾 神州不滅ヲ確信シツツ」
辞世の句は、「大君の深き恵に浴みし身は 言ひ遺こすへき片言もなし」 此方は陸軍大将と肩書を書き分けています

終戦時の状況については 過去から多くの書籍を読んできました 此れまで半藤一利氏の「日本の一番長い日」が終戦前後の情勢を一番正確に書き留めていると思って居ました

「歳月を経る間に人々は事実を忘れー中略ー補修し 整理し 美化し 誇張し 想像を加え つじつまを合わせ 感情を交え 友情や儀礼を加え

意図的に自分の意志に引き寄せーなど ありとあらゆる「加工」がされている」との 角田房子の後書きの言葉が深く心に突き刺さりました

ともすれば 自分が聞いた言葉 自分が読んだ文章が 全て正しい歴史的事実であると思い込む傾向が強かった自分に冷水を浴びせて

くれた角田房子氏の言葉を忘れず 読書生活を続けたいと深く心に刻みました





by toshi-ohyama | 2017-11-29 07:40 | 幕張図書館 | Comments(1)



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