ラピスラズリブルー

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他策ナカリシヲ

「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」は 陸奥宗光の蹇蹇録(けんけんろく)の文末の言葉です

沖縄返還時 佐藤首相がニクソン大統領と交わした密約について 佐藤栄作の個人密使としてヘンリーキッシンジャーと交渉した若泉敬の核密約に関する「自白書」
これ程 読後に後味の悪さを感じたことはありません

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良くこれだけ資料を集めたものだと 先ず感心します
同時に 彼は「私人」として密使を務めるのですが
  国際政治学者として若泉敬と云う方の実績を全く存じ上げません
  ある日突然 福田赳夫の要請により沖縄返還交渉に登場します
  外交官としての実績もなく 政治家としての実績もなく
  裏打ちされるべき何の権限もないまま 返還交渉を担当し
  返還条件 条約案文 首相談話 共同コミュニケの草稿にも
  携わっていきます

核抜き本土並み返還に導く中で 安保条約に基づく事前協議により 核の再持ち込み・通過 核保有施設の維持を認める密約を
ニクソン佐藤間で結ばせます
交渉の過程で 繊維問題がこじれ 米国の求める日本側の自主規制で解決するとの譲歩に追い込まれ 此れ又通商の全くの素人である
彼がキッシンジャー特別補佐官を通じて米国側の要求を受け入れるべく 当事者である外務省通産省には知られぬよう暗躍し交渉を担当する

此れだけの大仕事をするための費用が何処から出ていたのか
彼は 何によって生計を立てていたのか
京都産業大学法学部教授という肩書を持ちますが それ程の収入があったとは思えません

沖縄返還交渉終了後 佐藤首相に対して一切の関係を絶つとの申し出をしながら その後の繊維交渉に再度密使として重要な役割を果たしていきます
1992年京都産業大学退職
沖縄返還交渉経緯を纏めた本著を出版し 1996年7月自裁
退職金も 本の印税も 本人は受け取っていません

著作は 交渉経緯を誠に詳細まで細かく記述 関係資料を実に細かく収集し長文で掲載 二段組み600頁の大作です
何故この本を書き上げたのか 彼の心の内が忖度できません
自己弁護なのか 自己顕示なのか 何故密使としてのその役に徹したまま人生を終えられなかったのか
彼は自裁前に 本人が書き溜めたメモ資料を全て自ら焼却しています
此の著作自体の信憑性を解明する手立てを意識的に抹消してしまったのではとの疑いも生じます
蹇蹇録は 陸奥宗光の自己弁護との評価もあり ひょっとすると若泉氏も同じことを考えたのでしょうか

此れは 外務省と彼の二重交渉の記録であり 外交の世界では禁じ手でもあります
外務省は これに対して何らコメントも残していません

又 佐藤栄作氏は非核三原則によりノーベル平和賞を受けるのですが 此の密約が公表されて
何故ノーベル平和賞が取り消されないのか 此れ又 今も疑問を持ちます



by toshi-ohyama | 2019-03-18 06:33 | 幕張図書館 | Comments(0)

其れは川越スカラ座から始まった

川越に相原求一郎を観に行った日 ふらふらと歩いているときに偶然映画館を見付けました
川越スカラ座です 埼玉県で一番古い映画館だそうです 収容人数は120人程度

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此処で上映していたのが 返還交渉人 しかもこの日が初日で 監督出演者の舞台挨拶があるとか

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急遽予定を変更して鑑賞しました
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主演は 井浦新 戸田菜穂

沖縄返還交渉には 余り関心がありませんでした
交渉を担当した 千葉一夫外務省北米局北米第一課長の存在も知りませんでした
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原作を 買い求め一気通読
厳しい交渉過程があったことを知りました
米国軍部は戦闘によって沖縄を勝ち取ったのであり 代償もなく返還することに大きな抵抗があった
核抜き本土並みだけでも大変なことであったが 千葉は沖縄基地の縮小 返還後の復興も視野に入れて 米国政府と粘り強い交渉を続けます
その間に 沖縄に足を運び沖縄県民の声に耳を傾け 沖縄の想い・願いを胸に刻みます
結果 政治に翻弄され 千葉は 上司との折り合いが悪く左遷され 当然なれると思っていた駐米大使になることも出来ませんでした

私の祖父も外交官であり サンフランシスコ総領事を務めました
移民法が制定されることを最初に知った日本人として 司馬遼太郎氏がアメリカ紀行に祖父の名前を記しています
外交官は語学のみならず 交渉にも熟達している必要があるばかりでなく 国を想う強い信念が必要であることを 彼の物語から改めて実感しました
千葉一夫氏は 北米第一課長として沖縄返還という仕事をやり遂げました
本人も何れ駐米大使になることを当然として仕事に邁進するものの 返還の最後の処で外されモスクワ大使館で
彼が一番苦手な総務関係の仕事をさせられます とても感情の起伏が激しい彼が良く捨て鉢とならずに外交官勤務を続けたものだと感じます
私自身も一度上司との折り合いが悪く 自らコースを外れた過去を持ちますので千葉氏の気持ちが良く判るように感じました

映画の中では 以下の方が脇を固めています

佐野史郎   西條公彦役 東郷文彦アメリカ局長 千葉の上司
大杉漣    植田啓三役 下田武三駐米大使 核付き・基地自由使用を主張
尾美としのり 石野文男役 吉野文六アメリカ局長 東郷局長の後任 千葉とはそりが合わず
       千葉をモスクワに飛ばす

素晴らしい映画です 本も必読の書 沖縄を勉強出来ました

沖縄返還交渉の歴史を学ぶには 若泉敬氏の「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」を 読まざるを得なくなりました

by toshi-ohyama | 2019-03-16 06:40 | 幕張図書館 | Comments(0)

必敗の戦争

太平洋戦争の敗北後 陸海軍は夫々 生き残った軍人たちが 何故今次の戦争に負けたのか 何処に問題があったのか 多くの反省会を開いています

この時に 再軍備を意識しての反省会だったのか判りませんが 多くは責任回避論であり 自己弁護論が目立ちます

この本は 半藤氏が長く保持していた陸軍中堅幹部の座談会を再発表したものですが 内容よりも半藤氏が挟んだ解説が勉強になりました



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明治39年(1906)10

  山縣有朋元帥の私案上奏をきっかけとして

  明治4044日 三大国防方針制定  

    帝国国防方針 所要兵力 用兵綱領

    これにより日本帝国は軍備を拡大し五大強国の一として誇るに足る大国主義の

道を歩みだす

    陸軍は ロシアの報復を恐れ仮想敵国の第一にロシアを策定

    海軍は「陸海二元統帥制堅持のため」共通の仮想敵国を設定することを強く

拒否しアメリカを第一仮想敵国と策定した

陸海軍の対立と嫌忌は此処から根深いものとなる

主導権の並列並行 勢力の均衡 予算の争奪 政府に対しては軍備拡張の実現に

努力だけを義務として課す軍事国家への道は此処に始まる

米国が日本を仮想敵国としたのは日露戦争が終わって間もなく

  ワシントン会議(1921年~22年)

ロンドン会議(1930年)

  満州事変(1931年)

  支那事変(1937年) この時点が日本経済の頂点にあった

昭和147

  日米通商修好航海条約破棄通告

昭和145

  ノモンハン事件

昭和15126

  日米通商修好航海条約破棄

  72日 軍需資材輸出許可制公布

        屑鉄と石油は除かれる(725日 屑鉄石油も追加される)

  

923日 北部仏印進駐開始

926日 屑鉄の全面禁輸を発表(1016日実施)

昭和1593

  吉田善吾海相が神経衰弱で入院 及川古志郎海軍大臣就任

  6日四相会議で三国同盟を了承

  15日海軍首脳会議

 当時企画院の物資動員計画ではその8割は英米圏内の資材で賄うことになって

いたが対英米戦争となったときにこれをどう賄うのかとの山本長官の質問に

回答はなく 同盟を承認してしまう

昭和1594

  日独伊防共協定 当初は対英政治同盟に過ぎなかったものが 松岡外相により

  突如対米軍事同盟に変わってしまう

  916日大本営政府連絡会議

  919日御前会議で採択

  927日調印

   これを推進したのは 近衛首相と松岡外相 

昭和16116日 山本五十六から古賀峯一への書簡

  軍令部は米内を総長 吉田(善)もしくは古賀を次長

  海軍省は(山本海相)井上を次官に据えろと 伏見宮総長に提案した

  この時点で 山本は未だ非戦を捨てていない

昭和16410日 

  海軍が出仕準備第一着作業を発動し410日に対米七割五分の戦備完結

  65日に「帝国海軍の執るべき態度」成案 南部仏印進駐により資源確保を決意

昭和16413

  日ソ中立条約締結

昭和16612日 大本営政府連絡会議

  南部仏印進駐を決定

昭和16621

  米国が日本への石油輸出を全面許可制とする(実質全面禁輸)

  22日 陸軍省燃料課長 中村儀十郎大佐が東条陸相に航空燃料は対中国戦だけでも

     僅か2年で尽きてしまうことを報告

     同日頃 陸軍主計中佐秋丸次朗が日米の経済戦力比は20:1程度で

     対英米開戦後2年程度で耐えられない状態となることを陸軍中央部に報告

     杉山参謀総長は 報告内容が国策に反するので焼却するよう命じる

昭和16622日 独ソ戦開始

昭和1672日 御前会議

  情勢の推移に伴う帝国国策要領

    南部仏印進駐

    関特演の実施 情勢が好転したら北進する

    対米英戦を辞せず

昭和16713日 関東特殊演習の大動員をかける

昭和16725日 日本の在米資産を凍結

    726日 南部仏印進駐開始

昭和1681日 全面禁輸

    89

昭和1696日 御前会議

  帝国国策遂行要領を決定 対米英蘭開戦を決意

昭和16102

  ハル4原則提示

昭和161012

  荻外荘会談

    近衛首相は海軍に対米戦勝利の自信なきことを表明させ戦争回避を図るが

    及川海相は 開戦の可否は首相に一任としか表明しない

昭和161016日近衛内閣総辞職

昭和161019日 年内北方武力行使を止めることを決定

  初めて 山本長官の真珠湾攻撃が採り上げられるが あくまで主作戦は(資源確保の

ための)南方諸島攻略 真珠湾作戦は其の支援のための従の作戦として淡々とこれを

認める

  山本長官は 南部仏印は対英戦の決意であり 米英不可分論から真珠湾攻撃を提案

昭和16115日 第三回御前会議

  12月初旬の開戦を決意

昭和161115日 大本営政府連絡会議

  戦争終結論

    初期作戦が成功し 自給の道を確保し 長期戦に耐えることが出来たとき

    敏速積極的な行動で重慶の蒋介石政府が屈服した時

    独ソ戦がドイツの勝利で終わったとき

    ドイツがイギリス上陸に成功し イギリスが和を請うたとき

米国の参謀本部では 大戦略 国家戦略を立案する

日本の陸軍大学校では 軍の統帥しか教えない 戦争指導 国家戦略とかの大戦略は教育も勉強もしない

国家を如何にして滅ぼさないかの戦争指導を真剣に考えることなしに 他力本願で世界をすべて敵とする大戦争に突入していったのが 今次の戦争だった


by toshi-ohyama | 2019-03-12 08:29 | 幕張図書館 | Comments(0)

テロと陰謀の昭和史

平成も間もなく終わりますが 激動の昭和は 戦争の歴史でもありました
要人の暗殺が続きましたが 幕末~明治を振り返ってみれば同じような歴史を繰り返してきたようにも見えます

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昭和史に重要な位置付けをなした要人たちの肉声が 文藝春秋の中にたくさん残されており これを抜粋編集したもの
本人の肉声が聞こえる貴重なものですが 必ずしも真実を語っているとは限りません 自己弁護であったり 巧妙な隠蔽であったりするので 慎重に読み解く必要があります




by toshi-ohyama | 2019-03-08 06:14 | 幕張図書館 | Comments(0)

談志の最後の落語論

七代目立川談志は 昭和11年生まれ 平成23年11月21日に75歳で生涯を閉じています
彼の「現代落語論」は 昔 愛読しました 評論としては高く評価したい内容でした

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今回のこの本の初出は平成21年 逝去の二年前です
口述筆記をから起こしたもののようですが 些か内容は荒れています

「落語が一番上手いのは 立川談志だ」までは 許しましょう(そう思わない部分も可成りありますが)
しかしこの本で 彼の語っている話は 余りに独善的で 最後まで読み続けるのに大変苦労しました

自分の愛した落語の世界は もうない 演じられるものも居らず 落語が判る観客も居ない
落語の判らない奴に 落語会に来て欲しくない 落語を聴いて欲しくない 
「談志が「いい」というものを「いい」という客だけが談志を聴きにくればいい それを「否」という人は どうぞ自由にお帰り下さい お出でにならなくても結構です」頑固親父が客を選ぶ食堂のような極論です

「うぬぼれ」が 又「談志を甘やかした観客」が 立川談志を狂わせてしまった と思えてなりません
談志ほど 出来がブレる落語家は少ないと思います 小三治がその傾向が高いようですが 談志の場合 出番をすっぽかすのは日常茶飯事
ルール違反が目立ちます
 
古典落語だったら 志ん生 円生 文楽 五代目小さん 志ん朝 
話の光景が眼に浮かんでくる噺の上手さという点で 談志は安定した力を発揮出来ない芸人だったと思います
志ん朝 円楽が 先に推されて真打になったときに 何故俺が先じゃないのだと荒れた談志は「みっともない」の一言で切り捨てます

八代目文楽が明烏を演じると寄席の甘納豆が売り切れたというエピソードがありますが 志ん朝の明烏では甘納豆を梅干しに変えて演じています
私は此の話(志ん朝の工夫)が大好きです
落語という芸で比べれば 談志に高い評価は差し上げられません
  

   


by toshi-ohyama | 2019-03-04 08:31 | 幕張図書館 | Comments(0)

天下人の茶

伊東潤の作品を初めて読みます

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伊東潤氏は神奈川県出身 嘗て日本IBMにも在籍されたことがあるとのこと TVの京都もの 歴史もので顔を拝見することが多くなりました
千利休の切腹については 今もその理由を推測する小説が多く生まれますが 本作は 利休の弟子たちに茶道と利休を語らせ 織田信長の死と利休の切腹を繋ぎ合わせるという新説を書き上げています

今年の夏に 偶然 古田織部の墓所をお参りする機会がありました
京都の路地(ろーじ)を巡り 鳥岩楼へ向かう途中で 堀川通り沿いに興聖寺というお寺に偶然出くわしました
古田織部の妻の隠居所のあった処とのことで江戸時代に 織部一族の墓が建てられたようです(織部は大徳寺に埋葬されたとのこと)

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織部の墓は 織部緑の焼き板で囲われていました
最近 この付近に 古田織部美術館が出来たそうです

小説家は 皆 利休を書くときには 茶道を深く掘り下げるようであり 作品の裏には大変な勉強の跡が伺えます

今回 一畳台目という言葉を学びました 「だいめ」と読むことも初めて知りました
赤楽茶碗「早船」という 長次郎七種の赤楽茶碗のうち唯一現存する茶器とのことですが 作品中では 堺から早船を使って送ったためにこの名が付いたと書かれますが 利休の法螺話であるとか 高麗から送ったとかの異説もあるようです
利休が秀吉と最後に対決する場面で「早船」が使われます
利休は 秀吉が嫌う黒楽を使い続けると伝わりますが この場面で早船を持ち出したのは 著者の工夫であるかと思います
利休自身は 手紙以外の書き物 特に茶道については何も書き残していません
この辺も 作家の制作意欲を書き立てるものがあるのかもしれませんね
愉しく読ませていただきました









by toshi-ohyama | 2019-02-28 03:51 | 幕張図書館 | Comments(0)

1945年のクリスマス

日本国憲法の改定問題が日本の政治課題として議論されています
日本国憲法は GHQに押し付けられた憲法であり 日本人が自らの手で憲法を作るべきであるとの発想から自由民主党は結党時から党是に憲法改定を掲げてきました
第9条の戦争放棄は 首相であった幣原喜重郎がGHQに自ら申し出て採択されたとご自身が自伝の中で書いています
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しかし 此処にベアテ・シロタ・ゴードンというGHQ民政局行政部長チャールズ・L・ケーディス大佐の下に22歳の若きロシア系ユダヤ人女性が配属され
連合軍の占領政策を立案・推進役として1945年12月24日クリスマスイブに日本に着任します
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翌年2月4日月曜日午前10時 民政局長であるホイットニー准将(49歳)が部下25名全員を集めて2月12日までに憲法草案を民政局が作成することを命令します

2月1日に 日本側が作成した憲法草案が毎日新聞にスクープされたが 此れが明治憲法と殆ど変わることのないもので マッカーサーは日本側が民主主義の根本を理解していないと判断 民政局で草案作成することにしたのであります

この時に読み上げられたマッカーサー・ノートと呼ばれる三原則は マッカーサーとホイットニーの協議によって作成されたものらしい
1.天皇は世襲制として国のHeadの地位にあり 憲法によりその職務と権能が規定される
2.国権の発動たる戦争は廃止する 紛争解決の手段としての戦争 さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争も 放棄する
  日本は その防衛と保護を 今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる
  日本が陸海空軍を持つ権能は 将来も与えられることはなく 交戦権が日本に与えられることも無い
3.日本の封建制度廃止される
  貴族の権利は 皇族を除き 現在生存する者一代以上には及ばない
  華族の地位は 今後はどのような国民的または市民的な政治権力も伴うものではない
  予算の型は イギリスの制度にならうこと(159頁)

直ちに7つの委員会が発足 ベアテは人権委員会(ロウスト中佐 ワイルズ博士 ベアテ)に配属され 人権問題 特に女性の権利についての草案を作成します 
彼女は 露・独・仏・英・ラテン・日本語を習得しており 通訳としてもその才能を発揮しています
(子供たちに ドイツ語だけは学ばせなかった という一文がとても印象に残ります)

3月4日 GHQは日本政府と憲法草案検討会議を開催し 日本側は松本丞治国務大臣(日本側憲法草案作成者)佐藤達夫法政局第一部長 白洲次郎終戦連絡事務局次長
外務省 小畑薫良 長谷川元吉が出席 先ず日本側原案が検討されるが 明治憲法の焼き直しでしかないと却下され GHQ案が示され 白洲次郎氏が私的にGHQ案を日本語訳化したものをたたき台にして 憲法草案が完成します

この本は ベアテ・シロタの自伝であり 原題は The Only Women in the Room のようです
他にも興味深いことが数多く述べられていますが 憲法草案作成の部分は とてもとても勉強になりました

 



by toshi-ohyama | 2019-02-24 06:30 | 幕張図書館 | Comments(0)

異業の王権

嘗て 司馬遼太郎は 網野善彦氏を高く評価されて居られました

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最近 応仁の乱とか 中世室町時代がブームとなっています
後醍醐天皇は 建武の中興で中世史では避けて通れない人物 
この本は 異形の風景 異形の力 異形の王権 という 三つの章立てで書き起こされています
網野氏の文章は とても難解です
私は 第三章のみを読ませていただきました

良く見る後醍醐の肖像画は 密教の法服を着て自ら祈祷する姿で残っています
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祈祷の目的は 調伏であり 天皇自らが祈祷すること自体 誠に異例なこと
古代より続いた 朝廷の合議方式を否定し 幕府の行政権を取り戻し 天皇親政の世に戻そうとした後醍醐は 異形としか言いようがない 未だ研究が及ばないところのようです




by toshi-ohyama | 2019-02-20 06:31 | 幕張図書館 | Comments(0)

蘇我氏

最早 大化の改新とは呼ばれず 乙巳の変と云われる中大兄による蘇我入鹿暗殺は 単なる王室及び豪族の政権争いの結果としてのクーデターであることが一般化されました

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蘇我氏の出自は はっきりしません 出雲の素鵞にルーツを求める説もあり 渡来人であったとの説は 現在では否定されています
飛鳥に集結した諸豪族の一つが 欽明期に天皇家との婚姻により 大臣の地位を獲得し権勢を誇ります
稲目 馬子 入鹿と 豪族のトップに立ち大臣の位を相続していく中で 入鹿は 皇極天皇の後継に自らの従兄弟でもある舒明天皇の第一皇子古人大兄皇子を立てようとします 古人の対抗馬であった山背大兄は 入鹿によって殺されます
中小豪族中臣鎌足と中大兄が手を組み入鹿を倒し 古人大兄は吉野に引退するも謀反の疑いを掛けられ中大兄の指示により殺害されます

乙巳の変で 蘇我氏が滅亡したわけではなく 蘇我本宗家が入鹿の系列から蘇我倉石川麻呂の系列に移っただけの話 その後も蘇我一族は繁栄を続けます
中臣鎌足の息子 不比等は 蘇我家から妻を娶り自分の娘を皇室に送り込み 蘇我氏と同じ方法で権力を集中させていきます
蘇我氏は 皇室との縁が弱まるにつれて 昇進するものが減り 単なる一部族として長く生き残りはします
藤原氏の取った皇室との婚姻を強めるという方法は 平氏も徳川幕府も同じ方法で権力闘争を戦い続けていきます

朝廷における 任官を事細かに調べ上げた 労作です







by toshi-ohyama | 2019-02-16 05:57 | 幕張図書館 | Comments(0)

古代飛鳥を歩く

千田 稔氏は 元々奈良県のご出身 現在も奈良で研究を続けられておられます

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私も 若き日に奈良の魅力に取り憑かれ 山野辺の道を何度も歩き回りました
大化の改新が 何時頃からか乙巳の変と呼ばれるようになり 中大兄-中臣鎌足による 蘇我氏を倒すクーデターであったことが明らかになってきました
関連書籍を読み進むうちに 日本古代の歴史が生々しい権力争いの中で血の闘争が繰り広げられてきたことを知りました
企業人として 会社を二分する様な権力闘争の渦に巻き込まれた経験もあり 歴史を学ぶことが とても息苦しく感じられることも経験しています

企業人を卒業したら 思う存分 古都を歩き回り歴史認識を深めたいと思っていたのですが 諸事情により今は 読書の中で古都を巡る程度でお茶を濁しています

以下は この本で新たに認識したこと

日本は 古来太陽信仰であり 天照も太陽神であった この当時は太陽の回る軌道である東西が重視され 奈良桜井の三輪山も 東に向かって拝礼する
天武は 道教を重んじ 北極星を崇拝する 天皇という称号も北極星に由来する
此の為 東西の道を重んじる日本古来の信仰から 南北を重視する考え方に大きな転換が行われている 藤原京の真南に 天武・持統陵が設けられたのも 此の為と思われる



by toshi-ohyama | 2019-02-12 05:58 | 幕張図書館 | Comments(0)



蒼き空を目指して
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