ラピスラズリブルー

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頑張れ 丸十ベーカリー

明治期 塩山出身の田辺玄平が米国で製パンを修行し日本で初めてイースト菌で製パンを始めたお店  丸十ベーカリー
今も本店は山梨県甲府市にあるようです

丸十ベーカリーは 酒粕あんぱんを開発した木村屋総本店やクリームパンを創案した本郷東大赤門前の中村屋、たまごパンの永藤パン店、カレーパンを考案した深川のカトレアと並ぶ老舗のベーカリーです
最近 巣鴨の駅前の店がずっとシャッターが降りたまま 年輩の叔母さんたちが店を守っていたのですが どうなったのか とても心配です

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田辺の一番弟子は池田操・雨宮五六・前原登志郎・志田頼次郎(東京)。林幸一(横浜)・平野芳身(浜松) 彼らが夫々丸十の暖簾を増やし展開していったようです 
この他に 伊東正二も巣鴨の丸十で修行し、昭和26年に板橋区仲宿で暖簾分けを許され創業したそうで 此の系列の店が埼玉県を中心に今も展開しているそうです
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フランス系のパンがもてはやされる昨今ですが 丸十は昔からの柔らかい独特の食感を今もキープしています
懐かしい丸十のパンが もっと頑張ってくれると嬉しいです 頑張れ丸十 です




by toshi-ohyama | 2018-08-30 06:10 | 幕張菓子店 | Comments(0)

半藤氏の抗議

半藤一利氏は 著作の中で 昭和20年3月の東京大空襲体験者として ご自身の経験したことを書き綴っておられます

又 東京大空襲の総責任者である カーチス・E・ルメイ米空軍大将が 1964年12月7日 勲一等旭日大綬章を授与されていることを

米国航空宇宙博物館の展示で知り 激怒しています

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以下は ウィキペディアから

1964年12月7日、日本に返還されたばかりの入間基地(旧・ジョンソン基地)で、勲一等旭日大綬章浦茂航空幕僚長から授与された[注 3]。理由は日本の航空自衛隊育成に協力があったためである[27]。12月4日の第1次佐藤内閣の閣議で決定された[28]。叙勲は、浦がルメイを航空自衛隊創立10周年式典に招待したことを発端とした防衛庁の調査、審査に基づく国際慣例による佐藤内閣の決定であることが明かされている[29]。推薦は防衛庁長官小泉純也と外務大臣椎名悦三郎の連名で行われる[30]。防衛庁から首相佐藤栄作賞勲局へ叙勲が適当であるという説明があった[31]。勲一等旭日章という種類の選定は大将という階級から慣例に基づいたものである[32]

ルメイが東京大空襲や原爆投下を行った部隊の指揮官だったことから授与に対し批判も大きく、現在でも「勲章は返還するべきである」と唱える者も居る。当時、日本社会党、原水爆禁止団体、被爆者などから国民感情として納得できないという声が上がった[27]。国会でも叙勲に対し疑問視する声があった[33]。東京大空襲や原爆から叙勲は不適切ではないかという質問に佐藤は「今はアメリカと友好関係にあり、功績があるならば過去は過去として功に報いるのが当然、大国の民とはいつまでもとらわれず今後の関係、功績を考えて処置していくべきもの」と答える。小泉は「功績と戦時の事情は別個に考えるもの。防衛庁の調査でも当時ルメイは原爆投下の直接部隊の責任者ではなく、原爆投下はトルーマン大統領が直接指揮したものである」と説明している。佐藤もそれらを理由に決定を変える意思はないと表明した[34]。ルメイは12月7日に防衛庁で小泉を訪問予定であった[28] が、当日は事務次官三輪良雄が代理で面会している[27][注 4]

勲一等の授与は天皇が直接手渡す“親授”が通例であるが、昭和天皇は親授しなかった。後年『NHK特集 東京大空襲』(1978年3月9日 初回放送)でのNHKの取材で戦争責任についての問いにルメイはその勲章を見せた。

ジョン・F・ケネディ政権時代の1960年から本格化したベトナム戦争では、空軍参謀総長の任にあり、「(北)ベトナムを石器時代に戻してやる」と豪語し北爆を推進した。リンドン・B・ジョンソン政権下で1965年2月7日から北爆が開始された。

1965年2月に退役。1968年ベトナム戦争の推進、人種差別的政策を掲げた前アラバマ州知事ジョージ・ウォレス大統領候補とともにアメリカ独立党 (American Independent Party) の副大統領候補として出馬するが落選した。

1970年12月14日テニアンの福祉、生活向上への優れた功績でテニアン島民から表彰状を受賞した[38]。イギリス首相チャーチルからもらったイギリス空軍殊勲十字章が自慢だった[39]

1990年10月1日没。



by toshi-ohyama | 2018-08-28 06:34 | 幕張図書館 | Comments(0)

真面目なビスケット

何度かご紹介している ミレービスケット また新しいパッケージを見付けました

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ドラッグストア スーパーなど 所謂ストアブランドを要求されるのでしょう 夫々に真面目に対応しているようです
基本 駄菓子の部類に組み込まれるため お店の陳列棚の都合に合わせて 又見栄えを要求されて 次々に新商品(別パッケージ)を出さねばならない
中身は 基本同じです 包装機械への取り付け手間等 種類を増やせば増やすほど利益が削られてしまうのではと心配します
MIRE BISCUIT なる 英語表記に至っては 正直大丈夫かなあ...
単純に 美味しい 珈琲紅茶に合う では 駄目なのでしょうか
次に控えているのは 味の違う本体 
商売は単品販売が一番と思っているのですが 事業拡大の夢が経営のブレを生じさせ 本質が狂っていくように思います


by toshi-ohyama | 2018-08-26 06:49 | 幕張菓子店 | Comments(0)

喜多川歌麿女絵草紙

小説の紹介の前に 表紙の刀勢画にご注目ください
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谷崎潤一郎に見出された宮田雅之の作品が 歌麿とは異なる画風ながら 中身の面白さを予感させてくれます
1枚の紙を1本の刀(とう)で切り出していく宮田独特の刀勢画 元々中国で生み出された手法だそうです

謎の多い喜多川歌麿の人間像を紐解く連続物の短編 藤沢周平の浮世絵への造詣の深さを感じさせる名作です

by toshi-ohyama | 2018-08-24 06:06 | 幕張図書館 | Comments(0)

ししゃも

現役のころは 酒が抜ける日もなく 毎晩酒席が続きました
酒が飲みたくて呑んでいたという記憶は殆どなく 仕事上酒を飲みながら仕事をしていたというのが 実態に近いと思います
その頃に良くお世話になったのが 豆腐とししゃもでした

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夏は冷や奴 冬は湯豆腐 無類の豆腐好きでした 今も変わりません
一方 魚は煮魚が好物 土光さんの目刺しは 余り旨い食べ物とは思いませんでした
一時 ロシア産の大柄なシシャモが卓上に並び 味も大味で 辟易としたこともありました
久し振りに スーパーで見付け 自宅で焼いてみたところ 中々の美味 この日は 酒無しでシシャモのみを味わいました
次回は 日本酒で...


by toshi-ohyama | 2018-08-22 06:37 | 幕張食堂 | Comments(1)

霧の果て

藤沢周平の短編集

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主人公の家族が 門前で切り殺される話が 縦糸となり 収録された8つの短編が繋がっていきます
比較的簡単に 一つ一つの事件は解決していきます 
藤沢周平自身が 推理物はそれ程得意としたわけでもなく 肩の凝らない一冊に仕上がっています

何時もの 著者自身によるあとがきはありません


by toshi-ohyama | 2018-08-20 06:25 | 幕張図書館 | Comments(0)

銀座よもだそば

何度か取り上げている 銀座の立ち食い蕎麦 よもだそば

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話題になるのは
  銀座のあの土地で あの値段は立派(安い)
  カレーが美味しい
  量が多い
  一番の売れ筋は カレーライスセット 残す人は居ない

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特大かき揚げ
普通のかき揚げは メニューには見当たりません

店内は狭く 奥に入るのにかなり苦労します
客席は カウンターを背にした椅子のみ




by toshi-ohyama | 2018-08-18 05:44 | 幕張食堂 | Comments(0)

逆軍の旗

文春文庫版 藤沢周平 10作目の短編集です
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表題ともなっている冒頭の「逆軍の旗」は明智光秀 最後の「幻にあらず」は上杉治憲をモデルにしています
藤沢が あとがきで 「ありもしないことを書き綴っていると たまには本当のことを書きたくなる」と書き留めています
といっても 歴史的事実を下書きにした小説なのだそうである
何処までが史実で 何処からが著者の着想なのか などということはどうでも良くなる程 話の展開に心を奪われていく作品群です

藤沢作品は 不思議な余韻の残る小説です 余り興奮することもなく 残り香のような余韻です


 

by toshi-ohyama | 2018-08-16 06:10 | 幕張図書館 | Comments(0)

たまひでいちの

親子丼といえば「人形町玉ひで」 行列の絶えない繁盛店 食べるのには大行列に並ばねばならず一苦労します
東京スカイツリーの下に 玉ひでの姉妹店「玉ひで いちの」があります

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玉ひで八代目「山田耕之亮」と娘「いちの」が共同で作り上げました。 玉ひでの伝統を継承しながらも更なる味を探求した親子丼 との打ち出し
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店名は 石原慎太郎の書によります
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スープは濃厚 パワーが付きそうな味です
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少し濃い目の味付け 時代の流れは あっさり味ですが どっこい強く玉ひでの味を伝承しています





by toshi-ohyama | 2018-08-14 06:05 | 幕張食堂 | Comments(1)

又蔵の火

藤沢周平は昭和2年生まれ 昭和48年(1973)45歳『暗殺の年輪』で第69回直木賞
この時の選者の一人 司馬遼太郎は 「この作品は、いわばただの時代小説である。」「ただ端正につくった上手物の焼物という感じだが、ともかくも膚質のきれいさがすてがたいというところがあった。」「かつて次点になった作品群よりこれらがすぐれているとは、かならずしもいえない。」と余り高い評価を与えていません

今回ご紹介する 「又蔵の火」は 直木賞受賞の前後に書かれた5短編を取り上げています
巻末にある本人のあとがきで 自分の中に書くことでしか表現出来ない暗い情念があり「否定しきれない暗さ」が一種の基調となって底を流れている 此の頑固な暗さの為に ある時 期賞には縁がないものとあきめた諦めたことがあると書いています
読む人に勇気を与えたり快活で明るい世界を開いて見せる小説が正のロマン(多分 山本周五郎が大衆小説について話した言葉と思われます)とするならば この時期の藤沢周平は 正に負のロマン作家でありました

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何れも主人公は 不幸な結末に終わるので 読みごたえは爽快とは云えません
しかし 又藤沢作品に手を伸ばしてしまう 其れが藤沢周平の魅力と云えましょうか






by toshi-ohyama | 2018-08-12 06:31 | 幕張図書館 | Comments(0)



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