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ラピスラズリブルー

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永田鉄山と昭和陸軍

著者の岩井秀一郎氏は 1986年生まれ 勿論 戦争も永田鉄山も直接には知らない世代です
祥伝社の飯島英雄氏が 永田鉄山を書いてみてはと勧めた と 巻末に記しています
何故彼は殺されたのか もし生きていたらどうなったか 殺した側の論理は と構想を広げてもらったとのことです

永田鉄山と昭和陸軍_d0338347_15153311.jpg
腰巻にも(もし永田が死ななかったら)戦争は止められたかと書いていますが 歴史研究に「もし」は あまり意味を成しません

寧ろ 文章の中で 
「軍は官僚組織であるが 武器を持った武装集団であり実力行使を認められている点で 他の官僚組織とは大きく異なる
しかし 予算を獲得し人員と物資を動かすという点においては(他の官僚組織と)それほど変わらない」
という文章に 強い印象を持ちました 国防という視点での防衛力は不可欠と思いますが 基本シビリアンコントロールのような文民統制は無理という事実は
受け入れざるを得ません

強い統制力を持った指導者の存在が叫ばれています 田中角栄待望論と同じ視点で 永田鉄山待望論が叫ばれることには 抵抗を感じます





by toshi-ohyama | 2019-08-30 06:11 | 幕張図書館 | Comments(0)

健康の為に

TV番組カンブリア宮殿にグリル満点星の窪田好直総料理長が出演されておられました
1932年生まれですから 御年87歳 益々お元気に見えましたが 若い時から糖尿病を患って居られるとか

彼の健康の秘訣は 自家製玉ねぎスープだそうで 私も真似して作ってみました

健康の為に_d0338347_15152248.jpg

NETで見ると 詳細レシピが公開されているようです
適当に調理してみましたが 中々 これが いけます
冷蔵庫に保存して 食べ続けてみます




by toshi-ohyama | 2019-08-28 06:38 | 幕張食堂 | Comments(0)

昭和戦前期の政党政治

筒井清忠の一連の近代史研究を 新書で続けています

昭和戦前期の政党政治_d0338347_13461619.jpg
民主党による政権交代時 二大政党による政権交代に大きな期待を寄せましたが 見事に裏切られました
明治藩閥政治が原敬による政党政治へと転換し 護憲三派(加藤高明 高橋是清 犬養毅)による爛熟期を迎えたのが 昭和戦前期の政党政治でしたが
その期間はわずか8年程であり5.15事件により終焉 日本は満州事変から太平洋戦争へと雪崩を打つように破滅への道を落ちていきます

平清盛 源頼朝 足利尊氏 武田信玄 上杉謙信 織田信長 豊臣秀吉 徳川家康 と 覇権を目指した個人は いずれも歴史作家により 戦なき世を目指す
天下統一思想を掲げた英雄としてに描かれますが いずれも利己主義を仮面の奥に秘めた英雄であることは明白です
明治維新も 薩長による政権交代を正当化するため 天皇という操り人形を前面に押し立てての私闘ー権力闘争に過ぎなかった
政友会ー民政党の8年間には 残念ながら高邁な立国の精神は見いだせなかったというのが 正直な読後感です

この本は 東京財団での研究成果を纏めたものであると巻末にあります
東京財団は 日本財団の下部組織から出発しており 政策立案組織として560億超の資産を持ち 年間14億ほどの活動予算を持ちます
財団の研究会には 若手政治家の名前も見出せ 何らかの影響力を持っていることを感じさせます





 


by toshi-ohyama | 2019-08-26 06:58 | 幕張図書館 | Comments(0)

SENBEI BROTHERS

TVの旅番組で何度か見掛けたことのある SENBEI BROTHERS
工場/店舗は 東京都江戸川区船堀7-6-16にあるようです
NETでは順番待ち状態とか
千葉そごうの 地下売り場で見つけました

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左が 梅ざらめ 直径7.5cm 右が たまり醤油 4.5cm たまり醤油は 仄かに胡椒が効いています

両親から煎餅工場を継ぎ 弟が焼き 工業デザイナーだった兄がパッケージを考えているそうです
大きさを小さくし 洋風な味付けのものを開発したのが成功の秘訣だったように思います 確かにおしゃれです
私は 古典派なので 選ぶものが限られそうですが 消費者の心を掴む技法には勉強させられます






by toshi-ohyama | 2019-08-24 07:03 | 幕張菓子店 | Comments(0)

東京裁判史観の虚妄

江崎道朗の二冊目

東京裁判史観の虚妄_d0338347_14534842.jpg
アメリカの保守派が東京裁判史観に疑問を持つ理由

1.当時のソ連・中国の膨張主義に対抗するためには 日本の軍事行動は容認されるべき
   であり 対日圧迫外交を繰り広げたルーズヴェルト民主党政権の対日政策は間違っていた
2.日本を「平和に対する罪」で裁くことは 実定国際法に反している
3.民主党のルーズヴェルト政権にはソ連のスパイが入り込んでいて アメリカの国益に反する外交が行われた
   戦後において ソ連と中国共産党の台頭をもたらした責任は ルーズヴェルトにあるはずだ

1995年7月11日に アメリカ政府国家安全保障局とFBI CIAが 戦前から
戦後にかけての在米のソ連スパイの更新記録「ヴェノナ文書」を公開したことをきっかけに 「ルーズヴェルトとコミンテルンの戦争責任を追及する」という視点から 近現代史の見直しが進んでいる

ヴェノナ文書
  1940年から1944年にかけて アメリカにいるソ連スパイとソ連本国との暗号
  電文をアメリカ陸軍が密かに傍受し 1943年から1980年までアメリカ国家
  安全保障局(NSA)がイギリス情報部と連携して解読したヴェノナ作戦に関する文書

第一インターナショナル
  1864年 欧州の労働者 社会主義者がロンドンで設立
  趣意書は カール・マルクスが起草
  組織内分裂により1876年に崩壊

第二インターナショナル
  1889年 パリで創設された社会主義者の国際組織
  ストライキやデモと云う直接行動によらず 選挙による議会進出によって労働者の
  条件改善を目指す 民主主義社会政党として現在も存続
  一党独裁のコミンテルン 共産党とは一線を画す
  1914年第一次世界大戦の勃発により崩壊

第三インターナショナル
  1919年モスクワで レーニンの主導により創設 
  ロシア共産党主導による 共産主義政党による国際組織
  日本共産党は コミンテルン日本支部として発足 中国共産党も同じ
  1943年まで存続
  世界各国で資本家を打倒して共産革命を起こすことを目的とする
  資本家の財産を奪い労働者に配分すれば労働者の楽園が実現できると主張
  レーニンは世界同時革命を目指すが 跡を継いだスターリンは一国共産主義を主張し
  ソ連防衛を重視した

第四インターナショナル
  1938年 スターリンに反発するトロツキーの呼びかけで結成された国際共産主義
  組織 1940年代以降内部分裂し 中国共産党の指導を仰ぐ新左翼として世界各地
  に残存する

コミンフォルム
  1943年に解散した第三インターナショナルの後継組織 ソ連が主導
  ポーランドで発足したが スターリンの死後1956年廃止 
  世界各地で活動は続いている

コミンテルンの別動隊
  プロフィンテルン(赤色労働組合インターナショナル)
    1921年7月3日 モスクワでコミンテルンの指導の下結成
    第二インターナショナル化の労働組合を切り崩し組織化
    中国に極東支部が結成され反日宣伝工作の拠点となる
  エドキンテルン(教育労働者インターナショナル)
    日本支部は戦前に結成され 戦後日教組の母体となる
    戦後 世界教員組合連盟(FISE)を経て教育インターナショナル(EI)に
    合流
    EIは世界172か国 3千万人を組織化 ユネスコとも連携している

コミンテルンの世界共産化戦略
  資本主義大国同士を戦争に追い込み 自国を敗戦に持ち込む
  敗戦の混乱の中で共産党による革命を生起し 世界共産会を目指す(敗戦革命)

(平和と労働者を守る)人民統一戦線
  1935年7月25日 第7回コミンテルン世界大会(モスクワ)
  大恐慌後のアメリカの復興 ドイツによる共産党打倒運動の高まり 満州事変による
  中国の状況変化に対応
  従来の階級闘争と世界共産党革命路線を修正 ファシズム国家と戦うために 米英の
  資本家・労働者とも手を組む
  世界共産化よりも労働者の祖国たるソ連防衛に力点を置く

  アメリカ共産党は この戦略に沿ってルーズヴェルト民主党政権を支持に軌道修正
  政権内部への浸透を・侵入を画策し始める

  コミンテルンが一番敵視したのが 日本とドイツ

1941年3月
  ルーズヴェルト大統領は ラフリン・カリー大統領補佐官を蒋介石政権に派遣
  4月カリーは蒋介石政権と連携し 日本本土を500機の戦闘機爆撃機で空爆する
  計画を立案(JB355) 7月23日ルーズヴェルト大統領はこの計画を承認

  7月26日 米財務省通貨調査局長ハリー・デクスター・ホワイトの提案により
  在米日本資産は凍結される
  ホワイトは この後ハルノート原案を作成している



by toshi-ohyama | 2019-08-22 06:50 | 幕張図書館 | Comments(0)

日本は誰と戦ったのか

日本会議という組織があり 国会議員の中の多くのメンバーが在籍していることは時々報道されます
私も日本会議の紹介本を読んでみましたが その実態はよくわかりません

今回ご紹介する本の著者は、日本会議国会議員懇談会の政策研究を担当する専任研究員との肩書をお持ちです

日本は誰と戦ったのか_d0338347_12220335.jpg
アパ日本再興大賞なる賞があることも 初めて知りました

日米開戦 ヤルタ会談 早期停戦の妨害 ソ連の対日参戦という日米戦争の重大な局面において ルーズヴェルト民主党政権内部にいたソ連の秘密工作員達が極めて重要な役割を果たしていた 太平洋戦争は 実はソ連コミンテルンとの戦いではなかったか と云うのが著者の主張のようです


ヤルタ秘密協定の問題点も 少し理解が進みました


安倍首相が 北方四島返還問題でプーチンに手玉に取られているような印象を受けます

この時期 いろいろ考えなおさねばならぬことが山積しているように感じました



by toshi-ohyama | 2019-08-20 06:22 | 幕張図書館 | Comments(0)

納涼住吉踊り

浅草演芸ホール8月中席は 吉例住吉踊り 今回が41回目となるそうです
古今亭志ん朝師が 座敷踊りの名人 先代の五街道雲助師匠の芸に惚れ込み 何とか後世に伝えていきたいとお願いし仲間を集めて勉強会を始めました
何処か発表の場をと探していたところ 話を受けてくれたのが浅草演芸ホール 
実は志ん朝師匠は落語協会 雲助師匠は落語芸術協会 協会の枠を超えての興業は誠に異例のことです

平成10年の夏 大阪に単身赴任をしていた時に偶々帰省し 終日を浅草演芸ホールで過ごしました
ホールの入り口に席亭が立っていて呼び込みをされていました 
「志ん朝師匠が病気でさ 痩せちゃったよ もう観らんなくなっちゃうかもしれないよ しっかり刻み付けときなよ」と 教えてくれました
住吉踊りの前に 5分ほどの短い高座に立たれた師匠は 本当に人相が変わってしまって痛々しいほど 
踊りもきちんとこなしておられましたが 実は 病院から舞台へ通われていたとのこと 一か月後の10月1日には師匠は亡くなられます

志ん朝師匠が亡くなられた後も踊り仲間であった三遊亭圓彌師が座長として続いていましたが 2006年圓彌師も逝去
その後も 立花屋橘之助(三遊亭小円歌)が中心となり 本年は 古今亭志ん彌師座長で公演しています

落語協会 落語芸術協会が 一緒に舞台に立つことは他の寄席では有り得ないこと

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出演者の顔ぶれも大分変わりました
志ん朝師存命の頃は 踊りがきっちりシャキッとしていたように思います 踊り上手の 歌る多 橘之助も 年を取りました
まねき猫の顔は見えませんでした
撮影禁止の舞台も 最後のご挨拶の場だけはOKとのこと 突然の許可で 巧くは取れませんでした
一枚目は 橘之助師のFBからの拝借です

朝10:30の開演から21:00林家正蔵師匠のとりまで 総勢44組の高座を堪能しました
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by toshi-ohyama | 2019-08-18 08:01 | 徒然 | Comments(0)

新・自民党戦国史

この一冊は 大変好評であった自民党戦国史の続編として書かれています

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自民党戦国史が 池田勇人の死から 大平正芳の死までを記述していますが 本誌は 大平の死後 1983年(昭和58年)田中元首相のロッキード裁判判決を2か月前に控えた中曽根内閣までを記述しています

当初は自民党戦国史が上下巻 本誌が新・自民党戦国史と発刊されましたが 後に
この「新」が下巻として 上中下三巻として文庫本化されました

この下巻と上中巻の違いは 上中巻が伊藤昌也自身が政局の中に巻き込まれ当事者達と直接立ち向かっていること 福田と伊藤の対決は 対等な立場であるかのようにさえ感じられ 大平はむしろ伊藤のアドバイスを忠実に受け入れているような印象を持ちます 当事者の生の声なので迫力が違います
対して この下巻は 大平の死によって伊藤自身が政治の世界から引退し評論家として書いているので まるで迫力はありません
更に 全巻を通じて 伊藤氏は田中角栄と直接の交流はなかったような書きぶりです 鈴木善幸が田中の窓口・代弁者となっていたような印象です

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同じ内容ですが 表紙の印象が全く違います 悩む田中角栄と 悪相の角栄 編集者の意識的な表紙造りなのでしょうが... 












by toshi-ohyama | 2019-08-16 07:53 | 幕張図書館 | Comments(0)

自民党戦国史(上)(中)

伊藤昌也氏の作品

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昭和40年8月13日 池田勇人元首相の死から 昭和55年6月12日 大平正芳首相の死までを 大平の影の側近として仕えた 著者が自身の日記やメモを紐解き綴った
自由民主党の権力闘争史であります
若き日に 一読していますが 妙に後味の悪い読後感がありました
今回 再度中古本を取り寄せ読み耽ったのは 保阪正康氏の作品の中で伊藤昌也氏について語られていたからです

伊藤氏は 金光教の熱烈な信奉者 大平は敬虔なクリスチャンではありましたが 伊藤氏を通じて「お告げ」を受けています
宏池会側からの記述であり 一面的な所も伺えますが 一貫して大平の優柔不断さ 福田赳夫の権力志向と権謀術策をあからさまに綴っています
田中角栄は 伊藤氏が徹底して嫌ったこともあり 田中の情報には疎かったようです
歴代の総理大臣が 自らの権力欲のために暗躍する姿には 言葉もありません 


by toshi-ohyama | 2019-08-14 04:49 | 幕張図書館 | Comments(0)

徳川将軍珈琲

茨城県に本拠を持つサザコーヒーが 徳川将軍珈琲なるものを販売しています
徳川慶喜公の曽孫で 徳川慶喜家四代目当主徳川慶朝(よしとも)氏が焙煎を担当した商品です
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徳川慶喜は 1867年神戸港開港交渉の際 フランス人コックを雇い欧米外交団を大阪城に招き本格的フランス料理でもてなしたそうです
1867年 慶喜の弟 徳川昭武が渋沢栄一とパリ万博に出席した際に 渡欧の船上でコーヒーを飲んだことが文献で確認されているそうです
徳川将軍が飲んだであろう珈琲はインドネシア系アラビカ種モカジャバのブレンドだったと思われ これをもとにブレンド 慶朝氏が焙煎を担当したとのことです
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豆を購入し挽いてみると 豆は柔らかめです 
淹れるときの湯温はパンフレットにが65℃~75℃ 袋には80~85℃と書かれています 一人前20g 150cc のお湯でと指定されています

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珈琲の抽出温度は 熱湯と教えて来られたのですが 最近は90℃近辺で抽出するところ しかもフレンチプレスで淹れる店が増えています

味は チョコレートのようなコク 酸味は少なく まろやかな味わいです


by toshi-ohyama | 2019-08-12 06:36 | 幕張喫茶店 | Comments(0)



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